北海の砂島より

ゲームの記録や映画・本の感想などなど

ソープで捨てた大切なもの(前編)

九州に3泊4日で旅行してきた帰りのこと。鹿児島空港で神戸へのフライトを待つ間、なぜか僕は無性にムラムラしていた。温泉街に四日間もいたからか、はたまた旅気分というのもあるのだろう、無駄に気が大きくなってしまっていた僕はなんやかんやあって気づけば神戸の大衆ソープに電話をかけていた……。

 

21歳の冬、僕は童貞を捨てた。それはなんともいえぬ甘美な初体験で、結果として良き思い出となったのはひとえに幸運だったとしか言いようがない。ネットに転がる初体験談には「ハズレを引いた」とか「早漏すぎた」とか「勃たなかった」とか、読む者とりわけ未経験者に「童貞喪失は気持ちよくないことが殆ど」という"現実"を克明に突きつけるようなものが多いわけだが、僕の場合はそのような記事によって漠然と抱いていた不安を良い意味で裏切られた格好になる。何より、この世界もまだ捨てたものではないと思った(この前まで厭世論者だった口で何を言うか)。まあそれはさておき、僕もオタクの端くれである以上、風俗体験記は事細やかにそして微に入り細を穿つ文章をうpしなければならないという義務感(?)はあるので、もしよければ最後までお付き合い願いたい。

 

すべての始まりは九州のとある温泉街で、といっても鹿児島空港に近い温泉街といえば特定するのも容易だろうが、まだ訪れてから日が浅いので地名は伏せることにする。そこでの最初の宿泊は安い旅館だった。温泉はなく普通の湯沸かしの大浴場がついた古びた印象の旅館だったが、部屋は広く布団も柔らかかったため、登山等でとても快適とは呼べない環境を過ごしてきた身としては十分だった。

だが問題はそこではない。浴衣だ。適当にネットで見た流儀にならい完全真っ裸で浴衣姿になると、もうなんというか、露出狂の気持ちもわかるというか、一枚脱げばすぐ無防備or臨戦態勢になる状況が妙な恥じらいをかき立てられて非常に心地よいのである(寒いけど)。一応浴衣を着たことは何度もあると断っておくが、男の性なのか毎回ムラムラしてくるのである。そうすると男性の浴衣でこれほど劣情を催すのなら女性の浴衣はどうなの?となり、調べていくと「身八つ口」というのがあるらしいではありませんか。ググっていただけるとわかりやすいのだが、簡単に言えば女性の着物の脇の下にある空き部分のことで、正直それだけでもハレンチすぎないか!?と思わざるを得ないが、着物店によれば手の動作を楽にするとか、通気性を保って体温調節するためとか、授乳のためとか、まあ色々体のいい説明がなされているんだけども、何よりも惹かれたのは「身八つ口に手を突っ込むとそのまま女性の胸に手が届く」という一文。恥ずかしながら中学生のような妄想力が健在な僕はついついあれやこれや想像してしまって、その血湧き肉躍るエロスと止むことを知らないリビドーに完全にほだされてしまい、もうその日からというもの、脳内は女体女体女体……のピンク一色となっていた次第である。いやはや冷静になってみるとなんなんだこいつ……。

 

で、二日目の宿はお洒落な農家民宿でエチエチ要素皆無だったんで、本筋からも外れるし素直に飛ばしたいところだがここでも少し風俗に行くきっかけになりうることがあった。旅行のひと月前に何も告げず予約したところ女将さんに男女のカップルと思われてたみたいで(実際は男二人旅)、並べられていたスリッパは男性用と女性用、「あらすいませんねぇ(笑)」と話の種になったついでに軽く受け流したつもりだったんだけど、男という想像する生き物はそうもいかず、異性とここに来た場合のことをあれこれ妄想してしまうわけなのだ。なんなんだこいつ。自分で書いててなんだけど中学生すぎるだろ。実態は今年いっぱい無職だけど。

 

んでんで、三日目の宿はその温泉街で最高級の旅館。だんだん宿もグレードアップしていく感じに旅程を組んだので最後は思いきって奮発したのだ。旅行最後の夜ということもあり、男二人で飲み食い浴衣飲み眠り飲みのへべれけ酩酊祭りだった。悲しいかな、ゲイではないにせよ男もいいなと思うことはあるのだが、同行者(♂)は長年の腐れ縁というやつで色欲に悶える要素はなかった。なのに夜中尿意と喉の渇きで起き出して微妙にアルコールが残る頭の中を整理したとき、まったく離れなかったことは「風俗行って童貞捨てよう」だった。今回の旅行で積もり積もったリビドー、金銭的余裕、純アルコール換算して100gくらいの飲酒、様々な要因が複合的に重なり合った結果、そうだソープランド行こう。となったわけである、なんなんだこいつ。自己嫌悪と闘いながら今書いております。

 

そして物語は、空港で神戸の某ソープランドに予約の電話を入れてしまう最初の場面に戻る。

「(店名)でございますー。」

「あっ、えーと、当日の予約をお願いしたいんですけども」

「気になる娘はいらっしゃいますか?」

「Aさんで」

「あーAさんはもうご予約いっぱいですね」

「がーんだな…出鼻をくじかれた(そうですか。では再検討してまたお電話させていただきます)」

「?…はいわかりました。失礼いたします」

なるほどこういうこともあるのか。あれほど性的衝動に昂ぶっていた気持ちは賢者タイムのような落ち着きを見せ始める。しかし待て。このような機会はあまりない。司馬遷曰く、白駒の隙を過ぐるが如し。白い馬が走り過ぎるの壁の隙間からちらっと見かけるように月日の流れは早いのだから、機が熟したとみたならば行動を起こすべきである。

昨夜あまりに眠れないもんだから風俗ポータルサイトを舐め回すように調べ尽くした甲斐あって、その店にはビビビッと下半身が反応した嬢が他にも何人かいた。一応他の店にも片っ端から電話をかけていく。もはや神戸の電話回線は俺が握った。

「(店名)ですー」

「あっ、先程お電話させていただいた者です」

「他に気になる娘はいらっしゃいましたか?」

「はい。じゃあ17時から、Cさんいらっしゃいますでしょうか」

「Cさんですね?少々お待ち下さい…………Cは…………いま予………(紙をめくる音)………〜デスネ…………わか………大変お待たせ致しました」

「はい!(謎に元気)」

「何分コースをご希望でしょうか?」

「……?(あっ、空いてるってことか!)(超速理解)え〜とじゃあ80分コースで」

「17時から80分ですね。かしこまりました。では2時間前に確認のお電話をよろしくお願いいたします」

あーすみませんその時間帯ちょうど機内でして」

畿内…?では一時間前はどうですか?」

「一時間前、16時ですね。わかりました。」

「それではよろしくお願いいたします。失礼します」

「失礼いたします」

予・約・で・き・たぁー!!!心の中で小躍りする。司馬遷曰く、断じて行えば鬼神も之を避く。断固とした決意で行えば、鬼神といえどその勢いに気おされて避けていくのだ。いざ空を征け、旅客機よ(運航トラブル起きないでください)。いざ勃て、わが愚息よ(お願いします緊張して勃たないとかやめてくださいマジで)。

予約完了後、搭乗便が10分遅れというプチアクシデントに見舞われながらも無事飛行機に乗り込んだ時の僕の心境は、ああ今から数百キロ、一目散に"器"めがけて猛スピードで迫ることになるのかとかいう下劣な発想や、可愛い子かな……きちんとイけるかな……という拭いきれぬ不安や、とにかくありとあらゆる思念が秩序なく入り乱れた感じで、虚ろな表情をして窓から見える若干丸みを帯びた地平線を眺めていた。そういや雲の裂け目や波のようにうねる雲海を見て、膣ってどんな感じなんだろうな……って考えたな。もう中学生でいいよ。

 

ステイチューンインフクハラフライデナーイ……yeah……♪などと心の中で口ずさみながら、かつて住んでいたこともあって慣れ親しんだ市営地下鉄で湊川公園に降りて、若干躊躇いながらも一歩一歩足を進めた。東出口に向かったのが僕だけだったので多少独りで覚悟を決める時間はできたものの、階段を上がるといきなり騒音鳴り響くパチ屋前で、神戸の下町っぽいおじさんおばさんが行き交うそこでは上京してきました感のあるコート姿の僕は完全に浮いていた。ついさっきまで滞在していた南九州や地元四国とは異なるベクトルで肌に刺さる空気の冷たさが、より一層寂しさを感じさせた。しかしそれでも、ここまで来てしまったからには行かねばなるまいとも思うのであった。司馬遷曰く、ヤるときゃヤれ。

グーグルマップで道順を確認し、ストリートビューが古すぎて確認はできないけどそこにあるはずの店に赴く。

5分歩き……あった。

あるじゃないか。

……ここか。

どう入るんだろう。

あっ、入口はちょっと城郭用語でいう桝形虎口みたいになってるんだな。孫子曰く、迂を以て直と為し、患を以て利となす。回り道を近道とし、害のあることを利益に転ずること。正攻法で童貞を捨てるなら、ド田舎暮らしでまったく女っ気のない自分には難関すぎる。でも一度童貞卒業してしまえば何かが変わるかもしれない。その手段は、風俗でもいいじゃないか。たとえ大金をドブに捨てることになろうとも(害)、人生観に影響をもたらすのならそれは利益である。正直なところ孫子の兵法は今調べました。

 

一つ大きな深呼吸をして店に入ると、明るい店内に大倉孝二似の黒服がまず立っていて、三白眼が特徴的で大柄なボーイが窓口の奥にいた。三白眼のボーイが居酒屋の人みたいに「へいなんでしょ?」と話しかけてくるもんだから、つい面食らって「えと…あの…」と挙動不審スイッチが入りそうになるも、踏ん張って予約をしていた旨を告げると、各種確認作業と会計のあと、奥の待機所へと誘導された。

待機所はほのかな煙草の匂いと共に一人用ソファーがいくつも並んでいて、客は30〜40代が4名程度といった感じでうわぁこんな感じかぁとなったものの、白い一人用ソファーの座り心地だけは素晴らしく良かった。あれ欲しい。どこで売ってるんだろう。

 

しばらくすると「(指名していた女の子の名前)さんご案内でーす」と大倉孝二が大声で待機所に現れたので、ついに来たかといそいそと赴くと、全面ミラー張りのエレベーターの中に、165センチくらいの若い女性が笑顔で立っていた。笑った顔は飯豊まりえ、目をぱっちり開ければ堀未央奈って感じで、嬢にしては顔が良すぎないか?とあまりの幸運に喜びを隠せない僕だった。写真と実際の見た目が違ういわゆるパネルマジックは確かにあったけど、それもまた良い意味で裏切られた形だ。なによりも、仲良かったけれど十年前に亡くなった親戚の姉さんにとても似ていて感動のあまりホロッときてしまっていた。ちなみに僕の姉好き遍歴はそこに起因する(誰得情報?)。

嬢の方に、「何もかも初めてなんです」と告げる。すごく喜ばれる。なんだろう、女性からしたら可愛いものなんだろうか。童貞なんですか?と直球が来ると思っていたが、「ソープが初めてなんですか?」と外堀から埋めていく質問の仕方に、嬢としての配慮を感じて痛く染み入る。エレベーターが目的階に着いた時には、「私が初めてでいいのかな…」あなたが初めてで良かったですよ。何言ってんだこいつ(冷静)。

——かくして、戦いの火蓋は切って落とされた(中編に続く)